中部国際空港・セントレアのある知多半島は、実は昔から醸造業が盛んな地域なんです。古くは江戸時代から、知多半島の酒は「中国酒」と呼ばれ江戸の街で珍重され、最盛期には200以上の酒蔵が存在しました。もちろん酒だけではなく、酢、溜醤油、味噌など醸造できるものはほとんどありました。(昭和中期までビール工場もありました。)今ではその数も少なくなりましたが、手造りにこだわり高い品質を誇る蔵元が優れた商品の製造を続けています。知多半島の自然と、優れた蔵職人のみが成せる技の結晶を皆さんのご家庭へお届けしたいと、このホームページを立ち上げました。
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知多半島の
醸造の歴史
澤田酒造株式会社
代表取締役 澤田研一
「醸造半島 知多」と言ってもピンとこないかも知れません。知多半島に住んでいても、醸造業というくくりで意識した人はほとんどいないでしょう。しかし、最近は地域の良材や食文化が見直されるようになってきました。知多半島は醸造業の発達した特異な地域として注目されてくるのではないかと思っています。
「醸造」というと、菌を用いて人間に有益なものを作ることで、菌が同じことをやっても、人間に歓迎されないものができると「腐敗」といいます。なんだか身勝手でいい加減な言葉ではあります。
言葉はそうですが、実際は人間のながい営みの中で、菌とのコラボレートでつくり上げられた、すばらしい叡知のかたまりと言っても良いと思います。果物を集めて貯めておいたら酵母によってアルコール発酵した…、ということは高温多湿なアジアのモンスーン地帯ではありえず、発酵が始まる前に確実に腐ります。アジアはカビの文化圏といえ、カビを防ぐために塩を用いると有効なことを経験的に学んできました。塩蔵するうちに乳酸菌をはじめとする各種の菌が、酸などで防腐効果を与えるだけでなく、食物に旨みを与えてくれることがわかってきました。なぜなのか理屈はわかりませんが、ながいながい時間をかけて、カビを防ぎ腐敗を防ぐだけではなく、おいしさを加える技術が蓄積されてきたのです。
塩は醸造業にとって、とても大切なものであったわけですが、知多半島の製塩の歴史は大変に長く、常滑にも塩田(しおだ)という昔塩田があった地名が残っています。また、塩を作るための常滑焼の素焼の道具もたくさんありました。
塩はながく専売制がしかれ、販売が禁止されていたため、全国(世界中)の塩が手に入るようになったのは最近のことですが、知多半島でも昔ながらの塩が復活しました。流下式枝条架式でていねいに造られています。
知多式製塩上器
知多では4〜5世紀の古墳時代から土器による製塩が盛んに行われました。
海水を海藻にかけることによって濃縮し、それを海藻ごと焼いたもの(藻塩という言葉が万葉集に出てきますがこのことです)にさらに塩水をかけて右の土器に入れて炉のそばの地面に突き剌して加熱し塩を造りました。今でも常滑の塩田町から熊野にかけての海岸で、この土器の破片を見っけることができます。
さて醤油は昔は"ひしお(醤)"といわれていました。アジア独得のものですが、原料によって、草、穀、肉、鳥、魚に分けられます。魚醤(うおびしお)はアジア料理の普及につれて一般化しはしめましたが、日本でも主に日本海側に「いしる」「しょっつる」などの名で普及しています。最近は知多でもいわしを原料にしたものが製品化されています。
この醤の中で最も発達したのは、小麦や大豆などの穀類を原料とした穀醤(こくびしお)ですが、知多では大変長い歴史があります。ところで、普通は、味噌・醤油というのが、知多ではまだ味噌・タマリ(溜)という言葉がよく使われます。大豆を用いてコクのある特長をもっています。
タマリについては、たまたま天正年間の事、城中で軍用のための味噌を貯蔵しておいたところ、日を経るに従って味噌の中に「タマリ」を生ずるに至った。そこで嘗めてみたところ、塩分を含み良い味であったので、試にへこの中に蔬菜(そさい)を潰けておいたところが、その味淡泊美味であったので、その後、工夫改良が加えられて、今日の溜を製造するに至った、とする説があります。
溜の誕生
知多地方では慶長元年、三河国宝飯郡の住人宗平宗休という人が大野町(現常滑市)に移り住んで、味噌の製造を始めた。当時は郡内に味噌溜を醸造して販売するものはおらず、醸造業としてはこの宗休を始祖とする。宗休は生国を取って三河屋と号し、|×|印の商標を用いて醸造を始めた。当時溜の需要は極めて稀であって、主として味噌が製造されていたが、将来溜の需要も増加すると考えた宗休は、その製法の改良に留意して数年間溜の試醸を行い、失敗にめげず遂に以下の要点を改良して相当な好成績を収めた。
(イ)大豆の蒸熟程度の改良
(ロ)蒸大豆を藁沓を履いて踏砕いた後、木臼で搗砕く事
(ハ)丸五を長五に改良
(二)製麹上に適当なる温度を保つ設備を工夫した
(ホ)汲水量(麹の中に入れる塩水)を生大豆1石に対し
8升の塩水を入れたものを製造した事
(へ)仕込法を工夫して汲水量8歩内外のものには石壓を
なすことを廃して目桶(後年には一種の目籠を発明し
た)を味噌の間に挿入しておいて、この中に溜まる液
を味噌の上面に汲み注いで溜が循環するように改良
した(汲掛けの発明)
〈以上知多郡史より引用〉
現在も武豊町を中心に、知多では味噌、溜のメーカーが30数社あって、品質の高さで日本のトップレベルと評価されている蔵もあります。
この他に有名な酢、ソースやケチャップなど知多半島には優れた醸造品や調味料がそろっています。また、隣の西三河地方には昧淋、白醤油の産地があり、幅広い醸造業の集積したところです。
伊勢湾のおいしい魚をはじめとする食材、料理を盛るための常滑焼なども含めて、知多半島はおいしい半島であることを舌でわかって頂けるように努力していきたいと思っています。
「白老酒季節 第29号」より引用
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